【478回】合掌。(長文すいません)

相変わらず妻とは話す事はないまま、おおよそ3週間が経過します。

なんかこのままずっと話す事はないのかもしれないという錯覚にさえ陥っています。

いつ解決を見るのか。

それともいつまでも解決しないのか。

一番申し訳ないのは息子です。

まだ7歳という事もあり、私と妻がこんな関係になっているのは知らないです。

また週末は私が実家に帰っている為に、満足に遊んでやれない事にもただただ申し訳ないと思うしかありません。

また息子が保育園の年中さん頃には前の会社を辞め、一時保護入院していた頃も含め、あまり彼の記憶の中には私と遊んだ記憶はないと思います。

私の記憶の中には彼が4歳まで一緒によく遊んだ記憶はありますが、彼は覚えていないでしょう。

彼にはとても申し訳ないと思います。

くどいようですが、本当に申し訳ないです。

出来れば、今の自分の環境を改善して、少しでも今まで失ってしまった彼の記憶を取り戻したいと思います。

なので、今の環境を何とかしたいです。

今の環境。

どういう環境か。

自分が認識している環境では。。

経済的に苦しい。

自尊心がズタズタになっていく。

いつ自分の病気が治るか分からない。

息子との時間が取れない。取る気がない。

妻との会話が出来ない。

などなど。

とにかくマイナスな事ばかり。

まあ仕方ないです。

全ては自分が招いた種。

その招いた種に妻子が振り回されているという形。

本当に申し訳ない。

それしか言えない。

しかし、声に出していう事が出来ない。。

どうすればいいのか。。

自分では答えが無いです。

自分で招いた種なのに、本当に情けない限り。

やはり結論はいつもの如く自死を選ぶべきか。。

 

しかし、今朝、20年近く前からの取引先である方が急逝されたという一報が入りました。

彼が20歳前半からの知り合い。

きっかけは彼が飛び込みで前の会社へ営業してきた事が発端でした。

リクルートスーツに身を装い、いかにも営業っていう感じでした。

名刺交換事体もおぼつかない感じで、名刺の肩書も当然無役でした。

その時私は30歳前後で、役職も同期ではトップ。

今思えば一番心身ともにバランスが良かった時期だったかもしれない。

あの頃はうつ病なんて無縁の世界でした。

そしてそんな彼が営業に来た時に、たまたまタイミングよく取引するようになり、しばらくは頻繁にやり取りする中になりました。

しかし、私が仙台へ転勤になってからは、その連絡も疎遠に、というか音信不通となっていきました。

それからずっとその存在も忘れていた頃、私が前の会社を辞めて今の様な状況になった時にとある場所で再会を果たしました。

その時に名刺交換を改めてしました。

その時の彼の名刺はちょっとした会社の役員でした。

その時の私は無役。

20年の時を経てまさに立場が逆転してしまいました。

交換した時直後はとても自分自身が落ち込みました。

まあその時も情けないというか、自分自身が嫌になりました。

まあここでも自業自得。

全ては自分のせい。

そして今回の知らせ。

今朝方、脳溢血で亡くなったとの事。

彼には妻とまだ幼い子供が2人います。

遺された家族の心境を思うと、いたたまれないです。

人間って死ぬと本当に何も無意味になるなぁという事を痛感しました。

お金も、名誉も、地位も、

どれだけ多く持っていても無意味だと思いました。

また逆に

どれだけ

苦しみ、悲しみ、苦しみを

抱えていても無意味なのかもしれない

と思いました。

人間死ねば、全て終わりです。

あとはいかに遺された人達に迷惑、心労、憂いを与えないか。

それだけ。

それが自死であっても同じだと思いました。

自死との違いは突然訪れるか?計画的に訪れるか?だけ。

遺された家族の想いを意識しているうちはまだマシなのかもしれません。

自殺未遂した時はそういう意識が全てすっ飛びました。

今はまだそういう意識にはありません。

またいつそういう意識になるか分かりません。

今夜かもしれないですし、来年かもしれません。

 

今日の所は亡くなった彼に哀悼の意を表したいと思います。

合掌。

 

今日はこれまで。

 

 

 

 

 

 

 

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