今日10月26日は私の誕生日です。
もう祝えるような年齢ではありません。
人生の可能性がまたひとつ閉ざされる日と思っています。
こういう考えは病気のせいかもしれません。
まあこの調子でずっと2年続いていますので、今更どうと思う事もありません。
なぜ今日が誕生日かと思ったのは、昨夜サプライズで妻子が祝ってくれたからでした。
その時のケーキがこちら。
最初は誰の誕生日?と思いましたが、はっと気づきました。
単純にうれしかったですが、またひとつ歳を取る事の怖さも実感しました。
正直、いつ死んでもいいといつも思っています。
常に自死の可能性を模索しながら生きています。
現実にこの2年間で2度の自殺未遂も経験しました。
また精神病院に3ヶ月保護入院もしました。
でも、そんな場面にいつもいるのが、妻子です。
妻には私が前の会社を辞めた以降何度も離婚を切り出しました。
息子には一緒に死のうと精神的ショックも与えてしまいました。
二人には未遂した時に発見され救急車に同乗するという最悪な心の傷も負わせてしまいました。
でも今だに私と一緒に居てくれています。
なぜだか理由は分かりません。
とりあえず今思うのは感謝だけ。
もはや人生の先も見えないこんな中年男性と一緒に居る事なんて何のメリットもありません。
妻子にはもっと幸せになる方向へ向かってもらいたいと常に思っています。
私とは一線を画した方が絶対いいと思っています。
2年前までなら二人を幸せにする自信はありました。
でも今の私にはそれを実現できる余裕はありませんし、実際無理です。
そうなれば妻子には不幸な未来が待っているだけです。
今でも自死の可能性を模索しながら日々生きています。
どうやって死のうか。
どの場面で死のうか。
いつ死のうか。
常に頭の片隅で考えています。
今私に出来る事といえば自死して妻子に保険金を遺してやる事くらいです。
それ位しか妻子の為にしてやれる事は思いつきません。
悲しい判断ですが、それが今の私が出来る精一杯の家族サービスです。
いつも思っている考えである「仕方ない」ただそれだけです。
人生どんなに抗っても、一度失敗した人生を好転させるのはほぼ不可能です。
ならば大人しく死を待つか、自ら死を選ぶか。
私は後者を選びたいと思っています。
ただその前に最後の賭けである今の環境を変える事だけはやってからにしたいと思っています。
今の環境では前の会社の存在を意識してしまうので、転職か自営に賭けたいと考えています。
どちらにするか分かりません。
どちらが正解なんてもちろん分かりません。
どちらも不正解の可能性の方が高いと思います。
でもこのまま辛い環境で苦しんで死ぬよりか一度賭けてみて死ぬ方がいいと思っています。
結局はどちらも死ぬ可能性が高いです。
それも仕方ないです。
一度失敗した人生です。
もう多くは期待していません。
でも言えるのは段々時間が無くなっていると事。
それだけ焦りが沸いてきます。
焦りは禁物といいますが、それでも焦ります。
と
とりとめもない文章しか書けない誕生日。
今の私を物語っています。
今日はこれまで。
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